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実相 [仏・法・僧]

本当のすがた151.jpg
本当の相(すがた)になる これが仏の教えの目的である
暁烏 敏

今朝は曇り空のもと、月例法話会が営まれました。
今月の法語カレンダーより学んでおります。

私が本当の相(すがた)になるということが、そもそもお釈迦様がみ教えを広められた目的であるというのです。
では、本当の相になっていない私とは、どんな私なのでしょうか。
それは、成りたい自分(理想の姿)と現実の自分とのギャップに苦しむ私ではないでしょうか。

この世を生きるということは思うようには行かないというのが常。誰もが大なり小なり不満を抱いて暮らしています。そしてその不満が大きくなりすぎると抱えきれなくなり、逃げ出したくなるものです。
そんな時、私の内よりこんな声がささやくのです「私の本当にいるべき世界はここじゃないんじゃないか」「私が本当にやるべきことは他にあるのではないだろうか」と。

一時期流行した「自分探し」という言葉。現実逃避にさも意味があるかのようにラッピングする狡猾なコピーともいえるでしょう。自分探しと言ったところで、自分探しで見つけた自分を「これこそが自分だ」と認めるのはやっぱり自分でしかありません。欲望に限りがなく、時計の針の動きと共に気分が変わるような私に、満足できる自分など見つけられるはずがありません。

我、他力の救済を念ずるときは、我が処する所に光明照らし、
我、他力の救済を忘るるときは、我が処する所に暗雲覆う。
清沢満之

清沢満之師は阿弥陀様の本願力に出遇うことにより、(我が処する所に光明照らし)ということが私の上に実現すると仰っています。これは今いるその場所、その立場、その境遇、そのしがらみ諸々が、そのまま私にとって意味があると知ら示して下さるということです。
この私の足もとに弥陀の光明が照らせば「私が私でよかった」という満足が与えられるのです。


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