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亡き人はほとけさま [掲示板法語]

案ぜられる私.jpg
亡き人を案ずる私が 亡き人から案ぜられている 和田稠

八月となり、お盆を迎える支度が始まっています。
他宗では「お施餓鬼」と称して、餓鬼に施し、ご先祖さまをお迎えしおもてなしするという。
これをせねば、餓鬼は飢え、ご先祖はふてくされるということでしょうか。

今回の法語は大谷派の和田稠先生の言葉です。
私たちの迷いの元は「私は大丈夫」という思いです。
生きていることが幸せで、病気や老いることは不幸なことで、死んでしまったらもうオシマイ。
これが生きているものの驕りであります。

そんな迷いの中に沈んでいる私に、ある時は悲しみを、またある時は空しさを通して、亡き人はいのちのありようを気づかせようとしてくださっています。

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みやパパ

日曜日は田原までありがとうごさいました。母の実家は曹洞宗だったようで、お盆にはナスの牛を作る。キュウリの馬を作る、祭壇を調え、コモ?をしき、ウシ、ウマ、ダンゴなどを飾る等を話してくれました。お盆の最後にはお飾りや提灯を全部、田原を流れる汐川に流したそうです。
by みやパパ (2016-08-03 02:45) 

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