So-net無料ブログ作成
検索選択

ただよくつねにみ名となえ [仏・法・僧]

6500.jpg
ただよくつねにみ名となえ ふかきめぐみにこたえかし


六月となり第一日曜日は月例法話会でした。ここ東海地方も梅雨に入ったとのこと、今朝は正に梅雨の空といったショボショボ雨の天候でした。それでもお参りの方はいつになく多く、ありがたい限りです。

さて、今月も法語カレンダーをたずねて参りますが、これは正信偈ですと唯能常称如来号(ゆいのうじょうしょうにょらいごう) 応報大悲弘誓恩(おうほうだいひぐぜいおん)にあたります。

ここに「称」という漢字があります。これを「となえる」と読みます。
「となえる」という時にはこの「称」ともうひとつ「唱」とがありますが、真宗では「称」の字でもって、お念仏を称えると表記します。
これは親鸞聖人が深くこだわりを持ってみえたからです。一念多念文意という書物には「称」についてこのように書かれています。
「称」は御なをとなふるとなり、また称ははかりといふこころなり、はかりといふはもののほどを定むることなり。名号を称すること、十声・一声きくひと、疑ふこころ一念もなければ、実報土へうまるともうすこころなり。
「称」の字の旧字は「稱」ですが、これは手に天秤ばかりを提げている形を表しているそうです。
つまり私が「南無阿弥陀仏」と口に称えることが、仏様の願う心に釣り合っているということなのでしょう。なぜなら「南無阿弥陀仏」は言葉となられて、私のもとまでやってこられた仏様なのですから。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。